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東京高等裁判所 昭和51年(う)634号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金二、五〇〇円に処する。

被告人らにおいて、右の罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審及び旧控訴審における訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中島通子、同永野貫太郎連名提出の昭和四八年二月二八日付控訴趣意書(但し、両弁護人は、本件差し戻し前の旧控訴審第一回公判調書に記載のとおり訂正補充した。)及び昭和五一年九月二一日付控訴趣意補充書並びに昭和四八年二月二八日付被告人両名連名提出の控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官提出の昭和四八年五月八日付答弁書及び昭和五二年一月一三日付答弁補充書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  訴訟手続の法令違反等の主張について

弁護人らの控訴趣意書第一点

論旨は、以下数点にわたるので、順次右論点について判断を加える。

(一)  所論は、第一審裁判所(以下原審という。)第二回公判期日の冒頭において、原審は、公訴事実に対する弁護人らの求釈明事項中、既に釈明のあった部分を除き、釈明の必要がないと称して釈明を許さない旨の決定をして審理を強行したが、右の措置は、弁護人らに対し、釈明を求める理由につき意見陳述の機会を与えず、釈明のための発問を求める権利(刑訴規則三三条一項、二〇八条三項)を不当に侵害したものであり、そのため、弁護人側は、とくに、東京大学地震研究所(以下、地震研という。)の構内の範囲、その根拠につき不分明のまま審理に応ぜざるをえず、防禦権の行使に重大なる制約を受けることになったのであるから、右決定による手続の違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

よって考察するに、およそ起訴状記載の公訴事実に対する釈明は、主として公訴事実(訴因)の内容の特定明確化とともに、被告人に対する防禦の範囲を明らかにすることを目的とするものと解されるので、右要件を充足する限り、釈明義務の違背はなく、また、訴訟関係人に釈明を求める権利はもっぱら訴訟の指揮にあたる裁判長に属し、当事者は単にその発動を求めることができるにすぎないから、裁判長において、前記見地から判断して釈明の必要性を認めない限り、釈明を求める理由につき意見陳述の機会を与える必要のないことはもとより、釈明手続を打ち切ることも許されるものというべきである。

記録によると、弁護人は、本件公訴事実に対し、釈明要求書により一六項目約五〇点にわたる求釈明を申立て、これに対し、検察官は、釈明書をもって、求釈明事項中、一、二、四、七項を釈明し、三、五、六、八、一一ないし一六項につき冒頭陳述で明らかにする旨、九、一〇項については釈明の限りでなく、必要であれば立証段階で明らかにするとし、それぞれ第一回公判期日において、求釈明とこれに対する釈明が行われたところ、第二回公判期日の冒頭において、原審は「裁判所の合議の結果、釈明要求書のうち、前回釈明のあった点を除いては釈明の必要がないと認めたので、その余の釈明を許さない旨決定」をしたことが明らかである。

右の経緯に徴すると、求釈明事項の中には、冒頭陳述に留保されている部分が存し、所論指摘の地震研構内の範囲等も右留保部分に含まれている。そして、釈明の必要性については、訴訟手続の動態的、発展的性格にかんがみ、起訴状記載の公訴事実を中心としながらも、検察官の釈明のほか、さらには冒頭陳述による明確化等の可能性をも考慮しつつ判断しうるものと解される(最大判昭和三七年一一月二八日刑集一六巻一一号一六三三頁参照)。従って、原審は、右の観点から、本件公訴事実の具体的内容が一応明らかになったものと判断して、前記決定の措置に至ったものであることが窺われるので、右の措置は、所論にそくし考察しても、まことに相当である。そして、右冒頭陳述に留保された部分については、同期日に行われた検察官の冒頭陳述書において明らかにされているので、被告人らの防禦権の行使が制約されたまま審理を強行されたものとは到底認めることができない。従って、原審の前記措置が訴訟手続に違反するとする所論は理由がない。

(二)  所論は、原審は、その第三回公判期日において、中島弁護人の公訴棄却の申立に対し、職権の発動を求める具体的理由の陳述を禁止したが、右申立は刑訴法三三九条一項二号、三三八条四号を根拠としているものであるから、申立人の具体的理由をきいたうえ、証拠調の要否を判断し、所定手続をとったうえ決定ないし判決すべきであるのに、その具体的理由の陳述を禁止したのは刑訴法四三条、同規則三三条一項に違反する違法な処置である、というのである。

しかしながら、記録によると、弁護人は、右公判期日において職権発動による公訴棄却の申立をし、その理由として、起訴状に記載された事実が何らの罪となるべき事実を包含していないこと及び公訴権の濫用に基づく起訴であることを述べており、原審は、右申立の理由をきき、合議のうえ、その段階では公訴棄却の裁判の職権発動をするに足りる特段の事情が認められないとして、職権発動をしない旨の見解を明らかにしたことが認められる。のみならず、弁護人の右申立は、その根拠条文を掲げるものの、もともと裁判所の職権の発動を求めるものにすぎないのであるから、原審がその職権を発動する必要がないと認めた場合には、常に必ずしもその旨の見解を示すことを要しないものであり、ましてや、さらに申立の具体的理由をきいたうえ、証拠調の要否を決するなどして決定ないし判決手続により判断を示すべき義務は存しないものというべきである。それゆえ原審の措置に違法はなく、所論は採用できない。

(三)  所論は、原審における証人石川良宣、同力武常次に対する弁護人らの尋問に違法な制限を加えたのは、弁護人・被告人らの弁護権・防禦権の行使に対する本質的権利を侵害したものであって、憲法三七条、刑訴法二九五条、同規則一九九条の四の解釈適用を誤った違法な措置である、というのである。

そこで、順次考察を加える。

(1)  証人石川良宣関係について

記録によると、同証人は、弁護人側の申請により原審第九回公判期日において採用され、第一〇回公判期日にその証人尋問が施行されたものであるが、その立証趣旨は「東大における臨時職員の実態及び宮村事件一一月三〇日の状況」とされている。

右証人尋問において、弁護人の主尋問中、昭和四五年八月二八日地震研宮村摂三教授の部屋で起きた事件(以下宮村事件又は石川事件という。)につき、その具体的経過(すなわち、(イ)右両名の対談開始時の位置関係、(ロ)つかみ合いを始めた両者の位置の図面記載の要求、(ハ)宮村教授の暴行により石川がうずくまった直後の状況等について)の尋問に関連して、検察官から、それぞれ宮村事件は本件の審判対象ではなく、詳細な尋問は不必要、不相当である旨の異議が申立てられ、これに対し、弁護人は、本件における発端の事件であるから、その実態究明は本件審理上不可欠であり、立証事項ともしているとの意見を陳述したが、原審(裁判長)は、検察官の右異議理由を、「本件との関連性がないとはいえないが、あるとしても薄く、宮村事件の具体的詳細にわたる尋問は不必要である」旨の趣旨と解されるとし、本件との関連性を明らかにする方法として簡潔に触れることを注意して、右各異議申立を認容したことが認められる。

以上の状況に照らすと、弁護人が、本件につき、宮村事件の実態が、その成否を左右するとし、同事件の正確な認識なしに本件の法的評価を加えることは全く不可能であるとの観点から重視していること、及び同事件が被告人らの本件行動目的等、その性格づけに影響を及ぼすことは十分に理解しうるけれども、しかし、宮村事件が本件における直接の審判対象でなく、その実態解明が本件犯行の成否を左右するものでないことも明らかであるうえ、原審も本件との関連性を全く否定しているわけでもない。のみならず、右石川証人の供述内容には、地震研における臨時職員の地位、事務その他の実情、宮村教授との交渉理由、経過、受傷状況、心境及びその後の行動状況等、宮村事件における本質的、主要な部分はほぼ含まれていることが認められるので、前記制限の対象事項が、本件の原因及び性格を左右するに足るほど重大な影響を及ぼしているものと認めることはできない。

それゆえ原審の前記措置をもって、本件につき、被告人・弁護人らの証人尋問権を不当に制限し、その防禦権・弁護権の行使を本質的に侵害した違法、不当な法令違反があるとは認めることができない。所論は理由がない。

(2)  証人力武常次関係について

記録によると、同証人は、検察官の申請により、原審第五回公判期日に採用され、第六回及び第七回公判期日にその証人尋問が実施されたものであるが、その立証趣旨は「地震研構内の範囲、金網柵の位置、その設置理由及び右管理権者は誰か」とされている。

右証人に対する特別弁護人の反対尋問中、(イ)宮村事件における同人の所員会(地震研における教授会を指す。)に対する釈明内容、(ロ)非常勤職員なるものの説明、(ハ)宮村事件における地震研の外部に対する見解表明の有無、(ニ)ハンガーストライキを行った石川の抗議ないし要求の内容、(ホ)地震研の教授、助教授、講師、助手等の日常業務の内容、(ヘ)外部デモ隊による教授、助教授追及の時間帯、(ト)地震研職員組合(以下職員組合と略記する。)が宮村事件を取りあげていたことを知っていたかどうか、また、弁護人の(チ)立入禁止の目的について、(リ)業務妨害の態様、(ヌ)立入禁止措置に対する地震研当局者の現在の見解等の尋問に対し、検察官から、(イ)ないし(ニ)、(ヘ)、(ト)につき主尋問の範囲外あるいは主尋問との関連性がない旨、(チ)、(リ)、(ヌ)につき重複尋問である旨の異議が申立てられ、原審は、右(ホ)につき裁判長みずから関連性なしとして制限したほかは、いずれも右異議申立を認容したことが認められる。

そこで検討するに、特別弁護人の反対尋問中、原審裁判長は、「反対尋問は、主尋問に現われた事項、これに関連する事項及び証人の供述の信憑性に関する事項について許されるとされているのであるが、検察官の主尋問は前記立証趣旨の範囲について行われているので、本件の背景の立証に関する事項あるいは事件との関連性があるというだけで、主尋問の範囲外にわたる反対尋問は許されない」旨をくりかえし注意している。その故に、前記(イ)ないし(ト)については、右の見地から検察官の異議申立を認容したものであることが窺えるので、右原審(裁判長)の判断及び措置に違法、不当のかどはない。所論は、右(ヘ)に関し、原審は先に、外部デモ隊が地震研に抗議にくるようになった時期についての発問につき、主尋問との関連性を認めておきながら、右(ヘ)の発問を制限したのは矛盾であると主張するけれども、特別弁護人の釈明によれば、右(ヘ)の立証趣旨は、地震研における正常業務の内容を明らかにしたい趣旨からの発問であるというのであるから、原審の前記措置に前後矛盾する点はないというべきである。また、(チ)、(リ)、(ヌ)については、既に特別弁護人が行った尋問と、同一内容もしくは実質的に同一目的を志向する尋問であることが記録に徴し明らかであるから、重複尋問であると認めた原審の措置に違法、不当はない。所論はいずれも採用できない。

(四)  所論は、なお、そのほかに、原審は、弁護人が(イ)証人力武常次に対する反対尋問の機会に、主尋問に現われなかった事項につき、尋問を行うことを許可しなかったこと、(ロ)弁護人側証人として申請した右力武を却下したこと、(ハ)弁護人申請の証人四一名中わずかに九名しか採用しなかったことは、憲法三一条、三七条に違反し、被告人の権利を違法に侵害するものであり、(ニ)本件現場の検証申請を却下したのは審理不尽であって、訴訟手続の法令違反である、というのである。

よって案ずるに、反対尋問の機会における新たな事項の尋問(主尋問とみなされる。)を許すかどうか及び証拠の採否については、立証趣旨の観点から、事件との関連性、取調べの必要、既に取調べた証拠との重複関係、証拠の証明力の程度、当事者の攻撃防禦上必要不可欠であるかどうか等を総合勘案して裁判所の合理的判断により決定すべきことがらである。とくに、右(イ)の点については当事者の当然の権利ではなく、その許否は、反対尋問者の主張、立証すべき事項の範囲、相手方の準備等をさらに考慮し、裁判長の合理的裁量に委ねられているものと解せられるところ、前記力武証人の立証趣旨、尋問内容・状況等に徴し、原審裁判長がその裁量権を濫用した証跡は、記録上これを窺うことができない。また、(ロ)、(ハ)については、弁護人の申請した各証人の立証事項については一見して共通にわたる点が多く、原審裁判長は、各申請証人に対する立証趣旨の共通性、主尋問の所要時間その他を釈明し、当事者双方の意見を聴取してその採否を決定していることが認められるうえ、それらの証拠調の結果に徴しても、本件公訴事実及び当事者の主張、たとえばいわゆる本件の背景事情等を含め、考慮したものであることも窺えるので、原審がその権限を濫用し、被告人・弁護人の権利を違法に制限したものと認めることはできない。さらに(ニ)の検証却下の点については、検察官申請による司法警察員作成の実況見分調書(但し、第三丁表九行目から一三行目の部分を除く。)の証拠調がなされ、本件現場の状況が明らかにされていることにかんがみれば、右検証の却下をもって審理不尽、訴訟手続の法令違反の非難は失当というのほかはない。

(五)  以上において検討したとおり、原審には、所論のような違法、不当は認められず、論旨はすべて理由がない。

第二  理由不備、事実誤認、法令解釈・適用の誤りの主張について

一  弁護人らの控訴趣意書第二点及び控訴趣意補充書第一、一、1、2

所論は、被告人らが侵入したとされている土地(以下本件土地という。)は、その使用、管理の状況等から、地震研の建物を囲繞する、客観的に同研究所の構内とみられる土地ではないのであるから、被告人両名が同研究所構内へ侵入した旨認定した原判決には、理由不備、事実誤認、法令解釈・適用の誤りがある、というのである。

ところで、本件は、上告審から破棄差し戻しされた事件であるところ、これまでの審理経過の概要は、次のとおりである。

(一)  被告人両名に対する本件公訴事実の要旨は、いずいれも「被告人は、ほか百数十名の学生らとともに、昭和四五年一一月三〇日午後一時三八分ころ、正門を閉鎖し通路を金網柵で遮断したうえ、部外者の立入りを禁止していた東京都文京区弥生一丁目一番一号所在の東京大学地震研究所(同所所長事務取扱力武常次管理)構内へ、同所南側通路の金網柵(高さ二・二四メートル、幅一六・三メートル)を引き倒して乱入し、もって人の看守する建造物に故なく侵入したものである。」というのであって、「建造物侵入、刑法一三〇条前段、六〇条」に該当するものとして各公訴を提起されたものである。

(二)  東京地方裁判所(刑事第二六部)は、右各被告事件を併合審理のうえ、昭和四七年一〇月二七日、「ほか百数十名の学生らとともに」とある部分を、「ほか百数十名の学生らと意思を相通じ」とし、金網柵引き倒しの態様として「ロープをかけてその東側部分幅約九メートルを引き倒し」と加えたほかは、右公訴事実を全面的に認め、被告人両名を各懲役三月、執行猶予二年間、訴訟費用連帯負担とする有罪判決を言い渡した(以下、原判決という。)。

(三)  東京高等裁判所(第一刑事部)は、被告人両名の各控訴に基づき、昭和四九年二月二七日、地震研の建物及び付近の状況等を検討し、本件土地が、外界との間の塀やテニスコートの金網等で多くの部分が取り囲まれた形になっていても、大学構内全体におけるその客観的位置関係、その土地とその周辺の地形地物の状況、外界との関係、その土地の利用、管理の状況等から、右研究所の建物の固有の敷地とは認め難いときは、右土地の管理権者により、金網柵を構築して右土地への立入りを一時的に阻止する措置がとられたとしても、右土地が右建物に附属する囲繞地として刑法一三〇条にいう人の看守する建造物にあたるとはいえない旨判示して、無罪を言い渡した(以下、これを旧控訴審判決という。)。

(四)  最高裁判所第一小法廷は、検察官の上告に基づき、昭和五一年三月四日、大学の構内に在る研究所建物に接してその周辺に存在し、かつ、管理者が既存の門塀等の施設と新設の金網柵とを連結して完成した一連の囲障を設置することにより、建物の附属地として建物利用のために供されるものであることが明示された本件土地は、右金網柵が通常の門塀に準じ外部との交通を阻止しうる程度の構造を有するものである以上、囲障設置以前における右土地の管理、利用状況等からして、それが本来建物固有の敷地と認めうるものかどうか、また、囲障設備が仮設的構造をもち、その設置期間も初めから一時的なものとして予定していたかどうかを問わず、同研究所建物のいわゆる囲繞地として、建造物侵入罪の客体にあたる旨判示し、原判決(旧控訴審判決)には法令の解釈適用を誤った違法があるとして破棄差し戻しの判決をしたものである(以下、これを差戻判決という。)。

(五)  以上の次第であって、当裁判所は、右第一小法廷の判断に拘束されるものであるから、本件土地は、地震研建物のいわゆる囲繞地というべく、その中に含まれる土地は建造物侵入罪の客体にあたるものと判断すべきである。従って、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

二  弁護人らの控訴趣意補充書第一

所論は、被告人らは、地震研構内へ立入るとの認識なしに入ったものであり、仮りに本件土地が地震研建物に附属する囲繞地であるとしても、その判断は裁判所間でも分れたように微妙な点があり、法律専門家でない被告人らに、そのような高度の法律判断を求めることは難きを強いるものであって、これを誤ったとしても何ら非難に値するものではないから、刑法三八条により、被告人らを同法一三〇条に該当するものとして処罰することはできない、というのである。

しかしながら、本件土地が地震研建物の囲繞地であることは既にみたとおりであり、被告人らは、右管理者の意思に反し、本件土地の客観的事実状態を認識しながら、あえて前記方法により立入ったものであることが認められるので、被告人らに、建造物侵入罪の構成要件に該当する事実認識に欠けるところはないというべきである。

すなわち、各証拠によると、原判決も「弁護人らおよび被告人両名の主張に対する判断」(以下、主張判断という。)の項において説示するように、地震研所長事務取扱力武常次は、昭和四五年一一月二〇日ころ、同研究所教授会(教授・助教授が構成員)の決議を経たうえ、同月二一日付をもって東京大学総長加藤一郎から地震研所長森本良平(但し、同月中旬ころ辞意申出、教授会承認、同月二五日解任発令)に対する本件土地の管理権の委任を受け、右権限に基づき、同月二九日前記所長事務取扱力武教授において、総長の警備要請による警視庁機動隊の警備・援護のもとに、金網柵を新設して研究所周囲の通路を遮断したこと、そして本件当日(一一月三〇日)、地震研究所所長代行の名義をもって、いわゆる正門(西側門)脇の塀に「当分の間、本所職員(含大学院生)以外の方は本所敷地内に立入りを禁止します。農学部、応微研などに御用の方は農学部正門を御利用下さい」との掲示を、また、本件において損壊された南側の金網柵には「当分の間これより先地震研究所敷地内への立入りを禁止します」との掲示をし、正門内側付近には教授、助教授らによる、地震研関係者以外の立入りを禁止する検問体制をとっていたこと、しかも、本件当時正門の外側等には機動隊が警備についており、その指揮官車からは、「機動隊導入反対」、「あくまでも封鎖解除するぞ」などと気勢をあげていた被告人ら集団に対し、マイクで「投石をやめなさい」、「金網をこわし侵入すれば建造物侵入になる」旨再三警告をしていたことなどが認められる。

以上の状況等によれば、本件土地が地震研建物の囲繞地であり、研究所職員以外の立入りを禁止していた場所であることは、何人にも容易に認識できるところであり、被告人らにおいて、右事実認識及び禁止違反に違法性の意識を欠いていたとは到底認めることができない。また、本件土地が地震研建物の囲繞地であることは前記最高裁判所の判決により明確にされたところであり、その過程において裁判所間の判断に差異があったからといって、それは法的評価の面にすぎず、右の点を被告人らが誤解したとしても故意を阻却する事由とはならず、右誤解につき相当の理由があるものと認めることができない。所論は失当であって採用できない。

三  弁護人らの控訴趣意書第二点三、第三点一、(1)ないし(4)、控訴趣意補充書第二及び被告人らの控訴趣意補充書1、2

所論は、地震研当局の本件土地に関する立入禁止措置及び金網柵の設置(以下、立入禁止措置等という。)は、その正当な理由と必要性がなく、研究所職員並びに職員組合の弾圧を意図したもので、まさに管理権の濫用であり、このことは、後述のごとく、本件後、地震研当局が本件土地についての一連の措置を違法不当と確認したことからも明らかであり、被告人らの本件行為は、地震研の業務の平穏を害したものではなく違法性がないのであるから、管理権濫用の主張を排斥し、建造物侵入罪の成立を認めた原判決には、理由不備、訴訟手続の法令違反及び事実誤認がある、というのである。

(一)  しかし、原判決は、前記「主張判断」の項において、適法に証拠調をした各証拠を総合して、本件発生の経過及び実情に関する(1)ないし(7)の各事実を認定し、地震研所長(所長事務取扱)が、教授会の議を経て本件土地に対し、部外者に対する立入禁止措置等を必要とするに至った理由、管理権限委任の手続等を明らかにして、前記管理権濫用の主張を排斥しているのであるから、理由不備、訴訟手続の法令違反のかしはない。

(二)  そして、右部外者立入禁止措置等が、地震研職員並びに職員組合の弾圧を意図したものであるかどうかの点については、当審における事実取調の結果を合わせ考えるに、本件当時、地震研においては、石川事件(宮村事件)を契機として、職員組合が、非常勤職員問題、石川の賃金カット撤回問題、宮村教授の引責辞職要求、教授会の見解及び宮村教授辞職勧告等の事項を掲げ、研究所長らに対し団体交渉を開始するようになったが、全闘委(石川君と連帯する全学闘争委員会)は、また、独自の立場から、連日抗議デモ及び集会を開くほか、無断で研究所建物内に立入り、所長・教授らのもとに押しかけて個別的にその責任を追及するなどしたため、多くの教授らもその追及を嫌い遂に出勤しなくなり、事態の対策等その他の事項に関する教授会も学外で行う状態となり、研究所の業務もおのずから停滞するに至ったこと、当時、所長事務取扱の力武教授は、全闘委の組織構成、本部の有無・所在はもとより責任者すらも知らなかったうえ、大学総長からは他の部局の者と話し合う慣行はない旨を告げられており、全闘委との交渉には応ずる必要がないとの見解をもつに至っていたこと、職員組合は、全闘委の右行動につき、その独自の立場に立つ運動として干渉しない立場をとっていたこと並びに地震研当局者としては、前記立入禁止措置等をとることにより、全闘委のデモ隊を防禦でき、それにより業務の正常化をはかるとともに、職員組合との正常な話し合いの場も作れるものと考え、右認識・意図のもとに前記措置をとったものであることなどが認められる。

以上の諸事情に徴すると、地震研当局者において、事態の原因・本質を洞察せず、表面的な現象にとらわれて職員組合との対応にも不適切な点があったとしても、全闘委のデモ等により、その研究及び業務運営が著しく妨害され、放置しえない状態となったので、やむなく立入禁止等の措置をとるに至ったものと認められるから、右の措置につき、職員組合に通告せず、一方的に機動隊を導入し強行したからといって、違法・無効なものとは解せられず、また、それが研究所職員及び職員組合の弾圧を意図したものとも認めることができない。この点に関する原判決には事実誤認等はない。

(三)  なお、所論は、本件後の一九七一年(昭和四六年)九月二八日にいたって、地震研当局自身が全闘委に対し、前記立入禁止措置等の違法・不当であったことを書面で確認した旨を主張し、これに沿う所長事務取扱大澤胖及び前所長力武常次作成名義の書面には、「デモ隊阻止を通じ、全闘委を弾圧し、震研職員・院生とを分断し弾圧するため警察力の出動要請を行ったことは誤りであったこと、部外者も研究所の責任を問う限りは無条件に当事者と認めること」などが記載されており、さらに、一九七三年七月一七日付の所長事務取扱坪川家恒、前所長宇佐美竜夫ら作成名義の「四項要求についての確認」書にもほぼ同趣旨のことが記載されている。

そこで、これら文書の作成の経緯、目的等について考察するに、後者については記録上明確を欠くが、前者につき当審における証人力武常次の供述記載によれば、「正しくなかったというよりも適切でなかったという面が強い」、「管理者としては、まずいことをしたということは認めるが、間違っていたというより、それ以外の方法がありえたんじゃないか」、「しかしながら管理者として要請されていることを実行するために、やらなければならないという場合もあり、そういう認識をもっていた」、「管理者としては何かしなければならない場合もあったという実感ももっていた」、「その時の判断で一番いいという方法をやったわけです」とも述べていることなどにかんがみると、右文書に署名するに至った事情は、管理者として、いわゆる公式論的立場に立って、相手方に対し、そっけない対応をして混乱を拡大したこと、研究所の社会的責任を自覚し、紛争の早期解決をはかるため実情にそくした姿勢に不適切な点等があったことに対する事後的な反省に基づくものであって、本件当時、前記措置等につき違法な管理権の行使であることを認識しつつ行ったものでも、違法であることを是認したものでもないことが窺えるので、右文書の存在をもって所論の論拠とするには足りないというべきである。

(四)  以上のとおりであって、原判決には所論のような違法はなく、論旨はすべて理由がない。

第三  憲法二八条違反、事実誤認、法令適用の誤りの主張について

弁護人らの控訴趣意書第三点一、(5)及び二、控訴趣意補充書第三並びに被告人らの控訴趣意補充書3

所論は、全闘委は、臨時職員の労働条件に関する団体交渉の直接の当事者であるから、被告人らの本件行為は憲法二八条の保障する団結権行使として正当行為であり、実質的違法性を欠くものであるのに、原判決が右主張を排斥したのは、基礎となるべき重要な事実を誤認した結果、法令の適用を誤ったものである、というのである。

しかしながら、記録によれば、原判決が、その「主張判断」の(7)において全闘委に関し説示するところは概ね正当であって、当審における事実取調の結果を合わせ考えても、右認定に誤りは認められない。すなわち、当審における被告人石井の供述によると、全闘委の代表者は、職員側からは塩川喜信、学生側からは山本義隆である旨を述べているところ、右塩川の原審証言によると、全闘委は、一九七〇年一〇月六日地震研闘争を契機に結成されたもので、当時工学部、農学部、文学部、地震研、応用微生物研究所(応微研)、医学部附属病院等の助手を含む職員等が参加し、部局の組織代表者や組織のないところは個人加入であるが、その執行部は、事実上、各部局の代表者が集合して形成し、選挙、指名等でその委員を選出するものではなく、執行委員長・執行委員もきまっておらず、地震研当局者との団体交渉の要求も昭和四五年一二月一五日(これは拒否されたという。)が最初であり、その前後においてはいわゆる昼休みデモの際、地震研建物に入り、所長・教授・事務長らがいれば要求をぶつけていた旨を述べており、また、笹井洋一(原審における特別弁護人)の原審証言によると、全闘委は、石川の抗議に連帯し、同人の闘争を支援する性格のもので、本件当時、地震研職員も十数人加入していたが、職員組合との相互支援、共闘という関係はなく、大学の職員・学生らが独自の立場から地震研所長・教授ら所員の責任を追及していたものであって、職員組合としては、その援護射撃に対し反対するいわれはないとの立場をとっていた旨、さらに、原審及び当審の力武証言によると、前記のように、当局側では、全闘委の本部・責任者・意思決定機関・執行機関も不明であったうえ、本件犯行後、全闘委との連絡については震闘連(地震研闘争連合の略称で同年一〇月一三日ころ結成され、構成員は十数名という。)を通じて申し出てくれといわれていたこと及び山本義隆からは各々が全闘委の責任者であるといわれたことなどが認められる。

以上の諸事情にかんがみれば、全闘委は、職員組合の地震研闘争の一環として行われたものではなく、事実上単なる支援を名目とした集団であって、前記一九七一年九月二八日付等のいわゆる確認書を考慮にいれても、原判決が説示するように、研究所当局に対して団体交渉の当事者となりうる実体をもつ組織とは認めることができない。また、本件犯行の態様は前記のとおりであって、その手段方法及び法益侵害の程度においても、社会通念上許された限度をこえる不当なものであり、かつ、本件行為を是認すべき必要性も緊急性もなかったものであるから、本件行為を正当行為あるいは実質的違法性を欠く行為と評価することはできない。原判決に事実誤認、法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

第四  なお、被告人両名に対する原判決の量刑について職権で考えるに、原判決は、被告人両名を各懲役三月、いずれも二年間の執行猶予を付しているが、集団による本件犯行の前記のような態様からみると、一応首肯しえない量刑でもない。

しかし、原審で取調べた各証拠及び当審における事実取調の結果を総合して再考するに、本件は原判決も説示する経緯により発生したものであって、その原因は要するに学内問題であり、これに対する地震研当局者の対応も、び縫的態様のものとみられるものであって必ずしも適切であったとはいいがたく、当局者も本件の経過に伴い漸次反省し、本件金網柵も撤去し、部外者立入禁止措置も解除され、石川良宣ら若干の臨時職員も定員に組み入れ、地震研紛争も一応解決されたこと、被告人らに対する本件公訴提起も当局者の意図にそくしたものではなく、当局者は寛大な量刑を願っていること、被告人らは、本件当時、東京大学の学生であって、多数の本件集団行為者中被告人両名のみ起訴されたものと窺えること及び本件犯行の罪質、動機等諸般の事情を考慮すると、原判決の量刑は、その刑種を含め重きにすぎるものと認められ、破棄すべきものと考える。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決する。

原判決の認定した被告人両名の各所為は、刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法(但し、刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のものを適用する。)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で、被告人両名を各罰金二、五〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、原審及び旧控訴審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文、一八二条により、全部被告人両名に連帯負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草野隆一 裁判官 高山政一 田尾勇)

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